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授賞式が4月3日にあった。大阪市公館、おりしも隣の大川の桜は満開で、おおぜいの花見の人出。詩人長田弘を一目みたいという、ほとんどミーハーの心持ちででかけたのだが、詩人の受賞の挨拶に胸を打たれた。 この詩の連載の打合せを編集者と初めてした日に、長田さんの奥様が結核で入院された。それから毎日、病院に通う日々が続く。ようやく結核が治ると、こんどは癌を患われ、奥様の入院の日々がなお続いた。そして看病の甲斐なく、余命いくらもないことを告げられる。この詩集が出来て、2ヶ月も経たずに、奥様は亡くなられたという。 この詩集のどこにも、もちろんそういうことは触れられていない。しかし、3ヶ月が過ぎるたびに詩を書き継いでいくことと、奥様の看病をなさる生活と、切り離すことができるはずはない。まして、季刊だから季節の巡りが詩を書くことに影響を与えることになり、おのずと奥様との時間が、季節の巡りに織り込まれて重ねられることになる。そう思いながら、あらためて、「なくてはならないもの」を読み返す。 なくてはならないもの なくてはならないものの話をしよう。 なくてはならないものなんてない。 いつもずっと、そう思ってきた。 所有できるものはいつか失われる。 なくてはならないものは、決して 所有することのできないものだけなのだと。 日々の悦びをつくるのは、所有ではない。 草。水。土。雨。日の光。猫。 石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。 何一つ、わたしのものはない。 空気の澄みきった日の、午後の静けさ。 川面の輝き。葉の繁り。樹影。 夕方の雲。鳥の影。夕星(ゆうずつ)の瞬き。 特別のものなんてない。大切にしたい (ありふれた)ものがあるだけだ。 素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。 真夜中を過ぎて、昨日の続きの本を読む。 「風と砂のほかに、何も残らない」 砂漠の歴史の書には、そう記されている。 「すべての人の子はただ死ぬためにのみ この世に生まれる。 人はこちらの扉から入って、 あちらの扉から出ていく。 人の呼吸の数は運命によって数えられている」 この世に在ることは、切ないのだ。 そうであればこそ、戦争を求めるものは、 なによりも日々の穏やかさを恐れる。 平和とは(平凡きわまりない)一日のことだ。 本を閉じて、目を瞑(つむ)る。 おやすみなさい。すると、 暗闇が音のない音楽のようにやってくる。 長田さんは、今回の受賞をちかしい人のだれにも知らせなかったという。知らせると、きっと「おめでとう」ということばがかえってくる。奥様がなくなられてまだ日が浅く、とてもそいうことばをいただく気持ちになれないからだ。 しかし、詩人のお顔は晴れやかで、お人柄の滲むやさしい眼差しが印象に残った。ミーハーでもなんでも、詩人を間近に感じることのできたのはこのうえもないことだった。
by loggia52
| 2010-04-13 21:18
| 詩
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