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「万葉集」の時代から、挽歌と相聞が、歌の二つの柱だった。そして、鎮魂は亡くなった人の魂を鎮めるのと同じちからで、残された人の生きる意味を問う営みでもある。江口さんの詩集は、それをよくあらわしている。彼女の心の揺れ、悔い、かなしみが、少しずつ彼女を変えていく。彼女の飾り気のない詩のことばが随所に光っている。 「たくさん」という作品。 たくさん 居間で話し声がする のぞくと 君が笑顔で話している 白み始めた障子の向こうで さっき ホトトギスの声を聞いた これは夢、でも 君は立ち上がって笑いながら近づく 両腕をつかむと、たしかに あたたかく かたい 肉の手ごたえ 肘の骨も ぐりっと当たった おとうさん、仁の病気が治っている- ふりむいた室内の色がみるみる褪せて やはり夢、それでも触れて 夢だからきっと姿が消える、はずなのに てのひらに 君の腕の感触が ありありと残った まなうらに あかるい笑顔が くっきりと焼きついた 目は わたしの目は いちにち パッキンのゆるんだ蛇口になった ありあわせの布で 次々 ぽたぽた止まらぬ水を押さえた 人と顔を合わさないようにした 夕暮れ 坂道の傾斜をあえぎながら 気づく わたしの中に こんなにも詰まっている たくさんの君の笑顔 たくさんの君の 笑い声 ほかにも「野分」という作品は、ふだんは、「あらあらしい言葉も/力も/人には向かわず/病気をみつめるように」、視線を「中空」にたゆたわせていた「君」が、「一度だけ/君がコップを投げたことがあった/向き合うだれもいない台所の壁に/一度だけ/君が蹴ったことがあった」ことを、彼女は「おそい秋の台風」のそれた日の夕陽を見ながら思い出す。その後半部分。 君の痛々しい分別 きれぎれに吹く風 わたしはもどらねばならない あのときの君を もう一度 だきしめるために 濃い灰色から白色へ いくつもの階調をかさね 雲が流れていく なかぞらを 落ちる夕陽を わたしは もどらねばならない もう一度 あのときの君を抱きしめるために 「野分」部分 胸をうたれる作品がならぶ。決して感情におぼれてはいない。しかし感情をないがしろにはしていない。感情をみずからの生に寄り添う深い影のように見つめている。子を喪ったことにまとわりつく後悔や悔しさや、かなしみの感情を肯定しつつ、それらをさらに、みずからの生きる意味を問うことばを紡いでいくためのちからとしている。 詩集のいちばんおしまいの作品にあらわれている、逝った人とともに生きようとする彼女のことばは強い。 昨日のごとく 曲がり角から 出てくる 坂道を下りてくる 駅前のスーパーでは レジに並んでいた 行列から突き出た顔が ひょいと こちらを向きそうで みつめると 滲んでくる 姫路行きの電車に 若い父親と小さな男の子が乗ってきた 懐かしい面差し- そうか 会いに来てくれたんだ 後の世で生まれた子どもをつれて 「君」がこちらを向いた けれども 眼は そのまま男の子を見下ろす- みつめると 零れてくる 風 なんかではない 逝ったひとは 歩いてくる 地上を 昨日のごとく こちらの方へ もう一つ、中程よりあとに、東日本大震災の被災地を訪れたとおぼしい作品が幾編かが並んでいる。彼女と同じように、その日を境として「世界が一変した人々」(あとがき)の思いを自らと重ねた作品だ。彼女は、この詩集を個人的な鎮魂詩集として自分を慰撫するために上梓したのではないのだ。より広く、より多くの人々に向けて共有すべき世界のありかを考えてもらうためにという思いがそこに込められているのを強く感じる。あえて次男の自死をB型肝炎キャリアのインターフェロン治療中のうつ病によるものであることや、B型肝炎患者のかかえる社会的な問題を、詩集にはさんだ栞に添えていることにも、その思いをうかがい知ることができる。
by loggia52
| 2012-09-22 22:10
| 詩
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Comments(1)
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