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黒い岩肌を伝う水の音、山鳥の囀り、森を吹きわたる風、栗鼠の呼吸、月の運行、胡桃のように大粒な星の光、そして海、子供、男と女・・・。その言葉ひとつひとつに胸をひらくことが大切なときが、還ってきた。ますます精巧な武器や機械に人間が囲まれてしまった今、という時代だからこそ」 山崎佳代子の『ベオグラード日誌』(書肆山田)の「はじめに」から引用した。 彼女は1979年から当時のユーゴスラビアに渡る。まだ、チトーが存命のころだ。以来35年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992年~)、コソボ紛争(1996年~)、さらにはセルビアのミロシェビッチの民族浄化政策を阻止するという目的で始まったNATOのユーゴ空爆は1999年3月24日に始まって、79日間つづくことになる。旧ユーゴ解体(1991年ごろ)からNATO空爆のさなかも、山崎さんはベオグラードにとどまり、言葉を紡ぐことをやめなかった。『そこから青い闇がささやき』(2003年刊河出書房新社)は、1991年から2003年にベオグラードで書かれた文章を収めている。 「NATO空爆の下で書いたものは、これが最後になるかもしれない、という緊張感のなかで記したものである。空襲警報のサイレンや、激しい爆音のあと、震えが止まらないでいる私は、東京から送られてきたファクスで編集者と校正のやりとりがはじまると、思いがけない明るさを身体にとりもどした。それは奇跡と言ってもいい。あらためて言葉の力の瑞々しさを知らされた。」(同書) 『ベオグラード日誌』は2001年から2012年までの日誌を収めている。2011年3月11日、彼女は奇しくも日本にいてベオグラードに旅立つ直前だった。 「代官山は人であふれた。電車は止まった。だれもが静かだった。大きな声を上げる人はいない。(中略)不思議な静けさには哀しみが染みこんでいる。 一九九九年三月二十四日、NATOによる旧ユーゴスラビア空爆がはじまった春の日、あのベオグラードの静けさを思い起こす。空襲警報が国に響きわたる。誰もが静かで厳かだった。みんな優しくなり声をかけあい励ましあった。先ほど言葉を交わしたお隣さんの声が、あの日の人々の声に重なる」(『ベオグラード日誌』) この日誌を読んでいて強く思うのは、NATO軍の空爆から15年経った今も、日常は空爆当時とは決して切れていないということ。むしろ、今、ここという日常は、それらの空爆や紛争から照射されているということ。空爆(紛争)の時代があったが、今は平和な時代である、というような境界など、どこにもない。いや、区切ることなどできない。 そのことは、彼女が3.11について、NATOのベオグラード空爆を想起したのと同様に、阪神淡路大震災や東日本大震災の後の時間についても言えることだ。震災後20年経った、4年経ったと言い、震災の記憶の風化をあやぶむ声があるが、そこには、20年前に震災が起こった、4年前に起こったという、ある事件として、今と《区切る》意識がはたらいている。しかし、事実はそうではない。「今、ここ」は、それぞれのカタストロフを抜いてはありえない。むしろ、「今、ここ」はカタストロフによって照射されていると言うべきだろう。今も震災は続き、紛争は続き、先の大戦も、ぼくたちの日常の層においては今も続いている。たまたま今は地震がおきていないだけであり、たまたま具体的な戦闘が日本において起こっていないだけの話であると思うのだ。 例えば、ぼくらがもう戦前のような、中也や朔太郎や白秋のような詩が書けないのは、先の大戦があったからで、大戦というカタストロフが現代の詩を照射しているとも言えるのではあるまいか。 それにしても胸をうたれるのは、あくまでもしずかで、しかし、その静かさのなかに通奏低音のように響いている言葉に潜む力への信頼がこの日誌を貫いているところだ。 そのことを強く思い知るのは、日誌を読み終えたあとで、ふとはじめにかえって、先に引用した冒頭の文章をあらためて読むと、いっそう日常の静かさが、あの空爆や紛争から地続きに続いていることに気づかされるということだ。 なお、日が迫っているが、2月20日(金)に、東京のセルビア共和国大使館で、『ベオグラード日誌』の読売文学賞受賞を記念した対談が予定されている。山崎佳代子さんと、季村敏夫さん。お近くの方はぜひ。
by loggia52
| 2015-02-18 00:50
| 書物
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