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彼女の想像力の源泉に触れるエッセイがそこここにあって、とても興味深かった。 ひとつは、彼女は、つねに水を分母にして想像力を紡ぎ出す人だったこと。 たとえば、井戸底の水について。 「子供心に、井戸底の水に興味を引かれて、よく母や父に抱えあげてもらっては中を覗いてみたものだ。暗い水の面は、底でゆらゆら揺らめき、顔をつっこんでいると不思議な香が立ち上がってくる。これが水のにおいか、こんなにおいが大地の底には流れているのか・・・。コケとも草ともつかぬ、同時に藁のにおいを含んだような、水道とはまるで違う、別の水のにおいだった。」 「昔の井戸の暗がりと光を思い出しながら、秋の雨の音を聞き、においを嗅いでいると、もう行方は定かでなくても、昔の水がいまもひっそりとどこかを流れているような気がして、ふいに心がさわいでくる。ときおり、雨に運ばれてくるにおいもある。それはたいてい、濡れて細胞を開く植物のにおいだが、先日はおもいがけず、昔の庭に茂っていたハッカの葉のにおいがした。それがどこから運ばれてくるのか、下の町に降りてみたが、ついに探せないまま、においは消えた。」 二つ目は、母屋の離れにあった部屋について。 「ここが、子ども時代の私の「書斎」だった。だれにも踏み込まれたくない「秘密の部屋」。机は木のリンゴ箱。部屋の片隅にあった黒いうるし塗の古タンスにノートや筆記具を入れて、私は小さな窓から下の竹林を飽かず眺めノートにうわごとのような言葉を記したものだ。 「母屋に漂う人声も、生活の匂いも届かない。陰陽で言えば、「陰」に被われた空間でたくさんの本を読んだ。現実から離れた「結界」めいた世界に満ちる活字は、ページを繰るたびにあふれる想像を呼び、私はその部屋にいるときはほとんど夢遊病者だった。はしごは現実世界と「向こう側」を結ぶ橋で、その橋は薄ぐらい「結界」へ渡るのにいかにもふさわしい、危うげなしなりを持っていた」 この「向こう側」と現実世界を結ぶ「はしご」の役割をになっているのが、「水(の匂い)」であることはほぼ間違いない。 彼女の短編集『海松』も、長篇『半島へ』も、水を分母とした彼女の繊細で、生への強い嗅覚をもった想像力から生み出されたものだ。 短編集『海松』では、表題作の「海松」よりも「光の沼」が断然光っている。半島に建てた家の下の方に、スゲやガマに覆われていた湿地を、それらを刈りとって沼に戻すのであるが、それが、半島と彼女の関係を決定的なものにした象徴的な行為であるように見えてくる。沼を見つけることによって、いくつもの《光》をそこに見出すことになる。沼に月がうつり、ヒメボタルが見つかる。 『海松』から『半島へ』の小説の深まりは画然としている。「海松」では、まだ《半島》は、東京での生活の避難場所、回避場所であるところから出ていない。《半島》にひかれながらも、生活の重心は東京にある。あるいは、東京と半島との間で揺れはじめているという印象がある。 それが、『半島へ』では、小説のはじめから、彼女の精神的な重心は《半島》の方にある。もはや、小説の終わりは、おのずとわかるほどに、《半島》は書き始められている。 この小説(《半島》)の中で、ふと光る比喩を見つけた。 「風とおしのいい窓辺にソファを移動させ、怠惰を決めこむ。退屈まぎれに本を開けば、数分でとろとろ眠りがやってきて、私は毎日、眠ってばかりだ。 そんなときよく、薄い水のような夢を見た。たいてい、奈々子を含め早死にした友人たちがふらりと顔を出して消えていった。」 「薄い水のような夢」。主人公を半島へ誘っているのは、やはりこの「薄い水」のせいなのだとわかる。それをあえて言えば、幼年をさらにさかのぼり、羊水につながる水のイメージと結びつくように思われる。この小説のフィナーレの部分に、半島からの湾の眺めをこのように表現している。 「走り続けた列車は山を抜けた。ふたたび視界には海が現れる。まぶしい陽光に反射する鳥羽の海。満潮の水が青い水際を見せて光っていた。 それがこの半島の出入り口にあたる、リアスの湾のひとつだということを、もう私はだれよりもよく知っていた。内側に大きくえぐれこんだ湾は、水色の大きな子宮のようだ。」 「水色の大きな子宮」「薄い水のような夢」、半島という水(海=羊水)にくるまれた胎児は、生の根源であるとともに、死に縁取られた存在でもあった。半島に滞在していた彼女が対話する相手として、くりかえしでてくる奈々子は、まさにその象徴的な存在だろう。水は、幼年(みずからの生の根源)へと彼女を誘い、また、死とのちかしい場所にまで彼女を運ぶ。不思議なことに、そうやって死と近しいところまでゆきつくことで、彼女は、半島での生活に、生きる糧を見出すことになる。
by loggia52
| 2015-04-11 01:20
| 書物
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