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「クマグスの森」という南方熊楠の世界を紹介した展覧会が昨年催されたからだろうか、「ユリイカ」の1月号が彼の特集号になっていたり、彼の「菌類図譜」が出版されたり、熊楠がまた話題になっている。。
日本に限って言えば、ぼくにとって正岡子規、斎藤茂吉、折口信夫、柳田国男、宮本常一、それにこの南方熊楠は、彼らの残した「ことばの森」のみならず、その人間的な存在そのものに興味が尽きない。 熊楠の存在を知ったのは、澁澤龍彦が朝日新聞に寄せた文章を通してだったが、いつごろだったかと調べてみると、1976年(昭和51年)2月13日付の「悦ばしき知恵 あるいは南方熊楠について」という文章だった。(これは、「偏愛的作家論」の増補版に収録されている。)それから1990年に「太陽」の南方熊楠特集が出ているが、このころは言わば熊楠ブームだった。 実は、折しも1990年の年末に、友人二人と紀州白浜の岬の突端にある熊楠記念館を訪れている。その時の同行の一人である版画家の柄澤齊が記念館での熊楠体験をエッセイに残している。(柄澤齊「銀河の棺」小澤書店刊)そのエッセイに言う。 『ノートや手紙の中に添えられたスケッチや即興の戯画がまた楽しく、そのあまりの上手さ洒脱さに嫉妬さえ覚えたが、見物(みもの)の圧巻は何と言っても菌類図譜の彩色画で、いささかの褪色はあるものの、対象の的確な把握と、たっぷりと絵の具を含んで伸びやかに走る筆先の跡には、衒いも停滞も見当たらず、展示されていたわずかな画面を見るだけでも、熊楠が一級の眼と手のコンビネーションの持ち主であったことがよく理解できる。//眼の話が出たついでに書いておくならば、熊楠の眼の美しさというものもまた比類がない。現代のどこを捜せばこういう美しい眼の持ち主に出逢えるだろうか。生涯の折々に写された数葉の肖像写真を見れば、その無邪気で人なつっこい眼が、最後の時まで深く、大きく、休むことなく少年期の澄んだ耀きを保っていたことを私達は知ることができる。』 ちなみに、その1990年の押し詰まった紀州行きのぼくたちの旅程は、俗なぼくの日録にはこう記してある。 『新大阪にて、M氏、K氏と落ち合う。〈くろしお〉で天王寺より白浜行。途中海の絶景を嘆ず。熊楠記念館堪能す。近くのレストランで沈み行く夕陽を見る。風強く、波白し。田辺に行き、クエ鍋。3万円也。パークサイドホテルにて泊。翌日、風強く、寒し。熊楠邸を見る。門前で写真を撮る。再度白浜へ。三段壁、絶景。波激しく打ち寄せる。「牟呂の湯」につかる。白浜彷徨するも、店なし。魚屋でクルマエビ、あわび、ヒラメを購いて、拙宅へ。K氏の料理、うまし。酒、深更に及ぶ。翌日、風弱まるも寒し。昼頃タクシーで加古川。JRにて明石下車、「貞楽」でタコぶつ、サバ鮨。カワハギの煮付け、美味。その後、「丸貫」にてまた一杯。西明石19:30分発ひかりで二人を見送る。』 明石の「貞楽」はまだあるが、居酒屋の「丸貫」はもうない。近くに「魚の棚」商店街があって、とれたての瀬戸内の魚が店先に並ぶ。いつも、東方の友人が来るとここで魚を仕入れて拙宅でさばいてもらってお酒を飲むのが慣例だった。そう言えば、イカナゴ漁が解禁を迎えて「シンコ」が「魚の棚」で売られているのをテレビで見た。イカナゴの釘煮のシーズンがくるといよいよ春が近いと実感する。
by loggia52
| 2008-03-08 11:08
| 書物
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