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「雨はまだ軽やかに舞うように降っていたが、捉えがたい天使の不意打ちのように、虹がすでに現れていた。薔薇色がかった緑色に輝き、内側の緑が藤色にかすんだ虹は、けだるく自分自身に驚きながら、刈り入れの終わった畑の向こうで、遠い森の上空から手前に懸っていて、森の一部が虹を透かして見え、微かに震えていた。まばらな矢のように降り注ぐ雨はすでにリズムも、重さも、騒々しい音を立てる能力も失い、日の光を浴びてあちこちで気まぐれにきらめいている。雨に洗われた空では、漆黒の馬のような色合いの雲の後ろから、異様に複雑な塑像の細部をすべて輝かせながら、うっとりするくらいの白い雲が姿を現した。」(沼野充義訳) こういう調子でベルリンでの亡命生活を送る主人公が、ロシアで過ごした父との思い出を語っていく。これは第2章。第3章は、ベルリンで、同じ亡命ロシア人の家に下宿していたフョードルが、そこの娘ジーナと恋をする、このあたりも抒情的で読みやすい。しかし、そうかと言って、通常の恋愛小説とはならずに、詩においての韻律や押韻の考察やら、亡命ロシア人社会の観察やらがまざりあっている。言い忘れたが、第1章では、チェホフやゴンチャローフ、レスコフと言ったロシア文学についての流れを語る長い部分がある。その部分に限らず、全編にわたって、トゥルゲーネフやゴーゴリも含めたロシア文学に対する批評的な言及がなされているのも、この小説の特徴だろう。 ほかにも、中央アジアの秘境に旅立ったまま行方不明になる父の旅を想像的に辿る場面も、独特のリアリティがあって読み応えがある。というように、まるで小説が万華鏡のように、多面体の構造になっていて、さまざまな読み方ができるのだ。 しかし、それもこれも、翻訳がほんとうにたいへんだっただろうと思う。先にあげた引用にもうかがえるように、日本語の文章としても優れている。センテンスが長く、その間に挿入句が幾重にもはさまり、それぞれがロシア文学のみならずヨーロッパの古典やロシアやベルリンの風土や習慣を織り込んである、そうした原文を日本語の小説として翻訳することの困難さを思うにつけても、沼野充義の営為に敬意を表したい。
by loggia52
| 2011-01-06 23:25
| 書物
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