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![]() その当日は、ほんとうに奇跡的な晴れ間。風もなく、麗らかな春の日和。折しも、桜はもはや満開の極みを持して、車窓から見える山や里の花は、まるで花火の痕を映したようにぼくたちを誘っていた。 姫路駅で、柄澤齊、望月通陽のお二人と待ち合わせ、さっそく車で播但道-中国道-米子道と、自動車道を乗り継いで、湯原で降り、そこから国道で三朝温泉をめざす。山里の桜は満開だが、木々の芽ぶきにはもう少し。それでも淡く芽吹きの気配に染まった落葉樹の森の姿がまた美しい。 柄澤さんは京都で、望月さんは大分でそれぞれお仕事を終えて、あるいは中断しての投入堂への旅。 午後1時半ごろ、入山届を提出し、靴底のチェック(滑りやすい履き物は、入山できない)が二度もある。「六根清浄」と記されたたすきを掛ける。登山道ではなく、《修行》のための道である。 修験道だけあって、木の根をつかみ、足を掛け、這いつくばるようにして登るカズラ坂や、クサリをたよりに身体をあげなけばならないところやら、とにかくはじめから終わりまで急な登り一辺倒で、二人の登る速度に追いつけず、途中でへたりこんでしまった。今まで少しは三草山を登ったりしてきたのが、全く役に立たなかった。とりわけ、柄澤氏はまるで天狗のように身軽にひょいひょいと息も乱さずに登っていくのには感心した。望月氏も、どう見ても運動しているようには見えない身体ながら、足を止めることなく黙々と柄澤さんについていく。ぼくばかりが、置いて行かれるかっこうになってしまったのは情けない。 ようよう文殊堂や地蔵堂のあたりまで来ると、少しは疲労もとれて元気になってきた。ただし、まだ身体がふらふらするので、文殊堂、地蔵堂ともに、断崖絶壁に突きだしている縁側(柵も手すりもなく、しかも外に向かってわずかに傾斜さえしている)を一周するのはやめておいた。ともかく、鐘楼堂では鐘をつく余裕まででてきて、ようやく二人の話し声が聞こえて、なんとか投入堂までたどり着いた。 ![]() 役行者(役小角)が、法力によって、断崖の隙間に投げ入れたという「投入堂」だが、実際には平安時代後期の建築という。それにしても、修験道あるいは、山岳信仰の不思議さをつくづく考えさせる投入堂だ。祀られているのは蔵王権現など、吉野の金峯山寺と同じ。 ここからは全くのぼくの妄想だが、投入堂までの行程をふり返ると、やはり《石》、《巌》の存在感に気づく。それらの自然石の特徴的な跡形をなぞって行き、ついには投入堂にまで行き着くという印象がある。巨石の転がる上にある鐘楼堂や、巌の断崖に地蔵堂や文殊堂を建てるのも、単に基礎が頑丈であるからということではあるまい。そして、究極の石の聖痕が、投入堂が納まっている断崖の窪みにあった、ということではないだろうか。という妄想である。 そうすると《木》がその石の聖痕を包むものとしてイメージされてくる。木の根が参道(産道)の導きとなり、子宮(投入堂の断崖の窪み)へ誘う。こうした《石》と《木》の神話的な要素が、投入堂の山岳信仰のベースになっているように思われる。
by loggia52
| 2012-04-16 01:35
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