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さて、写真で最も眼をひいたのが、米田知子の《見えるものと見えないものの間》というシリーズ。ジョイスやブレヒトやフロイトや谷崎潤一郎らが実際に使っていた眼鏡を通して、彼らと関連の深いテクストを見るという試み。上の写真の右側のように、モノクロの写真だが、例えば、《ジョイスの眼鏡》という作品は、「シルヴィア・ビーチへの手紙を見る」という副題が付く。シルヴィア・ビーチと言えば、パリの有名な《シェイクスピア・アンド・カンパニー書店》を開いた人で、『ユリシーズ』は、この書店から出版された。おそらくは、ジョイスはこの眼鏡を通して、この手紙(文字)を見ていたはずだ。そう思うと、この作品に向ける鑑賞者の眼差しは、非在のジョイスのそれを、眼鏡のレンズに写しだされた文字の時間のなかに拾っていることに気づく。 同じように、ブレヒトの眼鏡はベンヤミンからの献辞を、フロイトの眼鏡はユングのテキストを、マーラーの眼鏡は未完性の第10番の交響曲の楽譜を、谷崎は松子夫人への手紙を見ているというシーンが選ばれている。これらの作品は、タイトルのことばの情報に重要な意味を持たせてある。タイトルがなければ、この作品は成立しない。つまり、ブレヒトとベンヤミンの関係や、フロイトとユングの関係、谷崎潤一郎と松子夫人との関係を理解していなければ、この作品の深みには触れ得ない。言わば、ことば=歴史に浸食された写真という見方ができる。考えてみれば、時間と記憶、さらには記録の問題は、写真に原初的に具わっているとも言えるだろう。それを意識的にクローズアップした作品と言えるかもしれない。 ぼくは、こういう作品に強く魅かれるたちで、視覚芸術として純化していく写真というのではなく、ことばや歴史的時間による浸食作用をも写真の表現として取り込んでいくところに注目している。写真と非写真的な不純物とのアマルガムとしての作品世界に、非詩的な要素で詩を腐蝕させながら作品を書いているぼくなどはおおいに興味を持たざるをえない。 上の写真の絵はがきの右側は、米田知子《フロイトの眼鏡「ユングのテキストを見るⅡ」》。左は、ロレッタ・ラックス《ドロテア》。 米田知子=1965 年兵庫県明石市生まれ。ロンドン在住の写真家。 それから宮本隆司の廃墟のシリーズは圧巻。 記録性と表現の強い一体感は写真独特の魅力だが、それ以上に世界の皮膚をとらえるレンズの世界のリアルとその深さにやはり心を揺さぶられる。《九龍城砦》のシリーズはすごい。 その宮本隆司氏の映像作品『3.11 TSUNAMI 2011』の上映や、氏のほかに、季村敏夫、細見和之、それに正津勉の各氏も加わってのイヴェント《震災後の表現~神戸から東北》が、6月17日(日)14時から17時に、神戸風月堂ホールで開かれる。参加費、当日1200円、予約1000円。 季村さんから過日、この催しについての案内をいただいたのだが、その日はちょうど、高橋悠治・波多野睦美のコンサートと重なっていて、《震災後の表現》のほうには行けない。
by loggia52
| 2012-06-16 00:01
| 美術
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