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「さる頃南洋に於て山本大将の戦死。続ゞいて北海の孤島(アッツ島のことー引用者註)に上陸せし日本兵士の戦死に関し一部の憂国者はこれ即楠公が遺訓を実践せしものとなせり。(中略)凡そ 一国の興亡は一時の勝敗と一将帥の生死によりて定まるものに非らず。おのれが名誉と一刹那の感情のために無辜の兵卒を犠牲にして顧みざるは不仁の甚しきものなり。」 また、ドナルド・キーンは、「永井荷風にとっては、この戦争は軍部によって被った生活の不便以外の何物でもなかった。」と指摘していることも参考になる。 軍部、軍閥への嫌悪は、「このごろ毎夜枕につくも眠ること能はず読書未明に及びて初て睡るを常とす。架上の洋書にして読残せしもの次第に少くなれり。蓄へ 置きし葡萄酒も今は僅に一罎を余すのみ。英国製の石鹸も五六個となりリプトン紅茶も残り少し。鎖国攘夷の弊風いつまで続くにや」というところに多分に根ざ しているというわけである。 荷風とは次元を異にして、戦争遂行の日本の行く末を憂慮する人もいた。フランス文学者の渡辺 一夫である。あまた引用される日記のなかで、彼だけが、今のぼくたちの歴史観を共有できる知識人だという思いを強くする。彼の日記は、1945年3月10 日の東京大空襲の翌日からから、フランス語で書き始められる。フランス語で書いたのは、政府批判の日記が憲兵に読まれることを恐れたからである。 「知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった。日本に真の知識人は存在しないと思わせる。知識人は、考える自由と思想の完全性を守るために、強く、かつ勇敢でなければならない。」 「何 千何万という民家が、そして男も女も子供も一緒に、焼かれ破壊された。夜、空は赤々と照り、昼、空は暗黒となった。東京攻囲戦はすでに始まっている。/戦 争とは何か、軍国主義とは何か、狂信の徒に牛耳られた政治とは何か、今こそすべての日本人は真にそれを悟らねばならない。/しかし、無念なことに、真実は 徐々にしかその全貌を露わにしない。地方では未だに最後の勝利を信じている。目覚めの時よ、早く来れ!朝よ、早く来れ!」 また、沖縄戦での絶望的な抵抗が続いているさなかに、次のように書いている。 「しかし遅かれ早かれ敗北するだろう。沖縄制圧後の米軍がどうでるか、我々はどうするか?徹底的な爆撃、これに対して我々はやけくその抵抗。軍人どもは至聖の 御稜威(みいつ)を勝手に利用し、我々を殺人と自滅に駆り立てている。/僕は初めからこの戦争を否認してきた。こんなものは聖戦でもなければ正義の戦いで もない。我が帝国主義的資本主義のやってのけた大勝負にすぎぬ。当然資本主義はこれを是認し、無自覚な軍国主義者は何とか大義名分を見つけようとしたの だ。」 空襲のさなかに日記を書き記す意味を、渡辺は次のように書く。「この小さなノートを残さねばならない。あらゆる日 本人に読んでもらわねばならない。この国と人間を愛し、この国のありかたを恥じる一人の若い男が、この危機にあってどんな気持で生きたかが、これを読めば わかるからだ。」 「渡辺の日記は、思わず引用したくなる素晴らしい一節に満ちている。」と、ドナルド・キーンに言わしめるほどなのはよく理解できる。戦後、渡辺一夫のもとから、菅野昭正、辻邦生、清岡卓行、清水徹、大江健三郎らが巣立っている。 さて、この書物のなかで、実は、最も多く引用されているのが、高見順と山田風太郎の日記で、この二人の日記がいちばんの読みどころだろう。つまりは、日本人の平均的な知識人の良識と良心が、偏狭な近代日本の精神のゆがみ(偏狭なナショナリズム)に汚染されていたことが如実に見て取れるという意味において。その部分はぜひこの本で確かめていただきたい。二人の思考のパタンは、なおも、現代のぼくたちの精神の中に命脈を保っている、そのように思えて仕方がない。二人の精神のありように、希望を認めるか、落胆を覚えるか、おおいに議論を呼び起こすに十分な問いを含んでいるとぼくは思う。
by loggia52
| 2013-01-11 23:28
| 書物
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