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高橋悠治さんのコンサートが楽しみなのは、そのたびごとに、ぼくの知らない作曲家や既知の作曲家でもほとんど知られないような作品を掘り起こしてもらえること。前回のマレの『膀胱結石手術図』はタイトルからして衝撃をうけたが、今回はギリシアの作曲家マノス・ハジダキス。映画『日曜はダメよ』の音楽がハジダキスとのことで、ふとあの明るい哀愁を帯びたメロディが浮かんでくる。彼のピアノ曲集から2曲。歌が一曲。 もう一つは、永瀬清子の3編の詩による歌。これらは初演。前回のコンサートでは辻征夫だった。波多野睦美の《声》のための高橋悠治の作品だ。特徴的なのは、旋律と語りのボーダーを揺れ動く彼女の《声》の魅力。波多野の《声》による表現の奥行きと繊細な息づかいが新鮮だった。別な言い方をすると、その詩が生まれる時に帯びていた《ことば》の一回性のちからを取り出す試み-といえるだろうか。永瀬清子の詩については、また別に語りたいことがあるが、それはいずれ。 栃尾さんのバリトンサックスの音の強い響き、そして、音の階梯を上りくだる、そのめくるめくような陰影の残像が、とりもなおさず人の《声》もしくは《ことば》のように聞こえてくる。サックスという楽器そのものが元来もっている、人の《ことば》とちかしい強さと温(ぬく)み。弦楽器になぞらえるとチェロやピッコロチェロになるだろうか。波多野さんの声とマッチングしているのはそのためだろう。 それにしても、このコンサートのノンシャランと言っては叱られるかもしれないが、ごく自然でくつろいだ感じは何よりも魅力だ。栃尾さんがソロでサックスを弾いている時も、他の二人は舞台にいて、それを聞いている-もちろん観客も舞台の上の手持ち無沙汰な他の二人を眺めることになる。波多野さんが歌い、悠治さんがピアノを弾いている時は、栃尾さんが、ピアノの譜面をめくったりしている-このライヴ感、日常感はまさに《楽興の時》には違いない。 コンサートの後、ふと会場のうしろで、高橋悠治さんが話しをなさっている。相手はだれだろうと見ると小杉武久さん。ジョン・ケージと活動をともにしていた現代音楽の作曲家だ。。マース・カニングハム舞踏団を率いていたお一人。決して大きくはないコンサートだが、わくわくドキドキの楽興の時であった。
by loggia52
| 2013-10-09 01:08
| 音楽
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