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このリーフレットに採りあげられてある写真のタイトルは《アイスリンク―日本占領時代の付属地だった炭鉱の町、撫順》。写真集『Scene』(2007年)の一枚。このタイトルがなければ、これがどんな写真か、どんな作品かわからない。この《言葉=歴史的な記録》が、作品を息づかせ、見る者の胸を突く。 しかし、重要なのはその先である。その言葉によって、見る者は、不意に写真から立ち上る時間の複雑な層、空間の深みに心を揺さぶられる。その時、見る者は、写真に写らなかったものを見ている。見ようとしている。そして、ふとまた、写真の画面に立ち返る。この空のさ青い空気、無心にスケートに興じる人々。それらの、映し出された大陸的な空間の無音の広がりにとまどってしまう。見えているのは、目が写し出した像ではない。一枚の風景のなかに堆積している記憶の層にまで、見る者のまなざしは行こうとしている。それを促しているのは、《言葉》、あるいは《歴史の記録》である。また、逆の言い方もできる。つまり、言葉は写真によって息づく。歴史は写真によってその記憶に息を吹きかけられて新たな意味を帯びる。 この『Scene』のシリーズでは、ほかに、ぼくの胸をうったのは《プラットフォーム―伊藤博文暗殺現場、ハルピン、中国2007年》という写真。点景のように一人ぽつんと(列車の誘導員だろうか)横を向いて立っている駅員のほかには、ただ、だだっ広い、無機的な、何の飾りもないプラットフォームがうつっているだけ。ここにも、過去と現在のあいだを遮蔽している無音の広がりが印象的だ。過去は確かにかたくなに遮蔽されているのだが、映像が語る無音の世界が、タイトルの言葉によって、見えないもう一つのプラットフォームの気配を立ち上らせる。 ぼくはこの《Scene》のシリーズを見ながら、ある既視感を感じていた。詩人の季村敏夫がモダニズム詩の歴史をそれこそ地を這うようにして渉猟し、それらに杭を打ち込むように自らの言葉でその意味を問おうとした『窓の微風』(みずのわ出版)という重い書物がある。 その中で、彼はポーランドのある絶滅収容所跡を訪れたときのことを次のように記している。 「一面のみどり。みどり以外、視界にはなにも飛び込んで来なかった。どの樹木もほぼ同じ速度、同じゆらぎで動きつづけ、高さまでほぼ一定、つまりほとんどすべての樹木は戦後に植林されたものだったのだ。大量虐殺の後の人為的な工作。記憶の痕跡は、みどりによって覆われていた。」 絶滅収容所跡の一面のみどりに覆われた風景―「場所が背負う重層的な記憶」を読み取ろうとする季村の行為と、米田の写真の試みは非常に近いと思われた。 さて、『Scene』のほかにも、韓国国軍機務司令部「Kimusa(キムサ)」という情報機関が、旧軍事独裁政権時代に厳しい取り調べや拷問を行った部屋をテーマにしたシリーズ《Kimusa》など、見応えのある作品が並ぶ。 ぼくは、米田知子の写真を2年ほど前に国立国際美術館で見ている。その時の印象をこのブログにも書いたが、写真という視覚芸術にとって、言葉や歴史の記録など非写真的、非視覚的なものは、言わば映像芸術にとっては不純物とも言える。そもそも言葉や歴史的記録といった不純物がなければ映像作品として成立しないというのは、どういうことかという批判が出て来そうだが、彼女は、そうした《記録性=言葉・歴史》こそがむしろ、写真を写真たらしめるものだという強い思いがこの展覧会を通してひしひしと伝わってきた。 しかし、注意しなくてはいけないのは、言葉や歴史的記録というものは、あくまでも写真がまずあっての装置であって、写真そのもの映像の中にすべてが溶かし込まれているということは言っておいたほうがいいだろう。この展覧会では、写真作品の一つ一つには一切のキャプションは付けられていない。見る者は、ただ作品と向き合って欲しいという作者の意思であろう。(作品の展示位置やタイトルは別に配布されている出品リストを見ればわかるようになっている)
by loggia52
| 2014-10-30 23:39
| 美術
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Comments(1)
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