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![]() 冒頭の写真は《大威徳明王》、六面六臂六足という異形で水牛(白牛)にまたがっているのだが、水牛の巨大さとそのボリュームが目を引く。 ![]() これらの諸仏は平安時代後期から鎌倉時代にかけてつくられ、すべて国の重要文化財である。 都から見れば、九州のしかも辺境とも言える国東半島に、これほどの天台密教の香りたかいすぐれた仏像があることは、たとえば、同じころの奥州藤原氏の平泉の文化を思い出させる。前者は、大和朝廷に反抗した九州の隼人を平定した宇佐氏の文化であり、後者は蝦夷を鎮めた一族の末裔と繋がった藤原氏の作り上げた文化。二つの文化の経済基盤や文化のしくみは異なるが、都と辺境の面白い共振的な文化の現象として興味を引く。 何よりも、国東半島の文化の特徴は、神仏習合がごく自然な信仰のかたちとして人々のあいだに浸透していることではないか。宇佐神宮は、八幡宮と言われるように、戦の神である。その激しい荒ぶる神に対して、仏教は精神的なるもの、心を鎮め、世界を鎮めるというベクトルを持つ。神仏習合の象徴的な存在は修験道だと思うのだが、フィジカルな荒行と精神世界もしくは宇宙を意識したメタフィジカルへの指向との混淆は、この八幡信仰と仏教との融合の自然さを示すものとして面白い。 そういえば、熊野磨崖仏の大日如来と不動明王は、まさしく修験道の中心テーマだったことが思い出される。言うまでもなく、二体の仏を彫ったのは、修験道の行者だった。 この真木の大堂の庭には、たくさんの石の造型である五輪塔や国東塔などが集められている。また、そこから歩いて15分ほどの山中に《城山薬師堂四面仏》という、仏像を彫りつけた巨石がある。それらの石の文化もまた、国東の特徴だが、これについてはまた。 おしまいに、真木大堂のあたりの風景を一枚。 ![]()
by loggia52
| 2015-03-25 23:39
| その他の旅の記録
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