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![]() 杉本秀太郎さんのエッセイは、 『洛中生息』(1976年みすず書房)にすっかり魅了されて以来、熱烈な読者になった。『洛中生息』でお書きになっている京都は、ちょうどぼくがそこで暮らしていた4年間と重なるのだが、氏によって描かれた京都の時間とは、おどろくほど無縁な京都暮らしをしていたと愕然としたことをなつかしく思い出す。 京都を離れてから、杉本さんの文章を通して、あらためて、何年もかけて(それは今も続いているのだが)この都市をたどりなおしているしまつ。 なによりもその散文精神に強い影響を受けた。『平家物語』、『伊東静雄』、『徒然草』・・・、どの著作も、他の書き手とはまったく違う、対象への迫り方と、ゆるぎない杉本秀太郎の批評のスタイルがあった。 それについては、このブログで何度か触れている。 また、これもブログで書いたことだが、杉本さんが、音楽についての造詣も深いことも、魅かれる理由のひとつだ。 数年前になるが、神戸の小さなライヴハウスで、高橋悠治さんの演奏会があったおりに、ふと中休みに、会場の外でハンター坂から見える月を眺めていらっしゃる杉本さんをお見かけした。(このこともブログに書いていた)。氏の高橋悠治への強い共感は、それからしばらくしての毎日新聞の文章-『この3冊、高橋悠治』というコラム(2012年6月23日付 )で、存分に表現されていた。高橋悠治の文章への胸のすくようなオマージュに近い短評は今も忘れがたい。いちど引用した文章だが、あらためて引いておく。曰く、 「音楽を書いても、ノートに文字をつらねて も、高橋悠治はいつも安定あるいは安全をぐらつかせ、ゆさぶり、刺し棒で羊のむれを追い立てるように突きあげ、支柱を引き抜く。書くという身振りの結果に は、荘子を読んで私が送りこまれるのと同質の、濃密な闇の気配と、闇を裂いてきらめくメタファーの残像が入りまじっている。」 「刺し棒で羊のむれを追い立てるように突きあげ、支柱を引き抜く」-これは高橋悠治の『きっかけの音楽』についての評だが、このような胸おどらせる心憎い比喩に、なかなか会えるものではない。 もうひとつ、杉本さんに共感を覚えるのは、若い頃に昆虫少年だったこと。エッセイの中でも、よくチョウの話がでてくる。アカタテハの羽化とか、ツマグロヒョウモンの♀の翅の褄(ツマ)の模様の「小面憎い」魅力とかが楽しく語られているのを読むと、すっかりうれしくなってしまう。 あらためて、『洛中生息』や『太田垣蓮月』など、読み返してみたい。 それにしても、無念である。
by loggia52
| 2015-05-29 00:00
| 言葉の森へ
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Comments(2)
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