カテゴリ
全体 Loggia/ロッジア 『石目』について ぼくの本 詩集未収録作品集 詩 歌・句 書物 森・虫 水辺 field/播磨 野鳥 日録 音楽 美術 石の遺物 奈良 琵琶湖・近江 京都 その他の旅の記録 湯川書房 プラハ 切抜帖 その他 カナリス 言葉の森へ そばに置いておきたい本 未分類 以前の記事
2023年 11月 2023年 10月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 more... フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
着物のことはわからないが、紬織りや染織につてはとても興味がある。植物からとられる色を、蚕の繭-つまりは動物から紡いだ糸に染める。さらに、色を糸に定着させるための媒染剤として金属イオン-つまりは鉱物を使う。植物-動物-鉱物という原初的-根源的な要素から成り立つ染織というものの不思議を思うのである。それが人の身体をつつむことにもまた深い意味がこめられていよう。 もうひとつ、その染織作家である志村ふくみさんが、言葉の人-文の人でもあるというところに魅力を感じる。 展覧会のなかでもいくつかのふくみさんの言葉が掲げられていた。 「ある夜、星を見ていた。 その時、漆黒の夜空に光を穿ち、瑞々しく瞬く星が、私の魂に直結していることを感じた。 私たちは、光を宿す宇宙の星屑である。 その一片(ひとひら)一片が、地上に降(くだ)り、人間や草や花、小鳥や虫たち、石などすべての生類(しょうるい)としての生命を与えられ、それぞれ、愛しい生命をはぐくんでゆくのである。」 『伝書』(求龍堂)からの一節だが、このような生命観を素地として、ゲーテ、リルケ、シュタイナー、クレーなどの書物や実践をみずからの思索の糧としている、その旺盛な好奇心や、咀嚼力の底知れなさには驚かされる。しかも、それはたえず現実を見据え、未来への眼差しのために生かされていること。 例えば、今回の展覧会の図録にこんなことが書かれている。 「思えばふしぎなことではあるが、現代の暗鬱な重みに耐えて生きて行かねばならぬこの国の将来、若者の前途を思う時、夢みることなどあり得ない。中東、西欧から吹いて来る風は人類の悲哀そのものである。 身に迫る危機は世界を覆っている。その中で若者のどこかに光を求めようとする思いは切実である。巨大な波に一瞬にして押し流されるかもしれないが、人類はどこかでそれを喰い止める叡智を持っていると信じたい。今、目前にある現実がすべてではない。 もっと全く違った別の道があるかも知れない。」 と述べたあと、クレーの日記から次の部分を引用している。 「この世が(ちょうど今日のように)恐ろしいものであればあるほど、芸術は抽象的になる。幸福な世界なら現世的な芸術を生み出すのだが。 今日とは、昨日から今日への過渡期だ。偉大なフォルムの採掘坑には、まだ未練の残るガラクタが積みあがっている。ガラクタが抽象化の材料となる。 偽物の元素が散らばる廃墟、不純な結晶のもと。 これが今日だ。」 『新版クレーの日記』から このあと、このクレーの言葉を受けて、文章はさらに深みを増していくのだが、こんな切実な精神の漲りがこめられた挨拶文に思わず唸ってしまった。 また少しずつ、志村ふくみ展の印象を書き継いでいく。
by loggia52
| 2016-02-02 10:07
| 美術
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||