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というわけでずるずると今日まで過ごしてしまった。 たまたま、『海鳴り』という編集工房ノアのPR雑誌に山田稔さんが杉本さんについてお書きになっているのを見つけた。(この雑誌についてはまたのちほど書きたいと思うのだが、それはともかく)この山田稔の文章がおもしろい。 エッセイのタイトルは「『どくだみの花』のことなど」。ぼくの家の庭にも、いま十薬の花が咲き誇り、いささか閉口ぎみなのだが、話題の季節性もぴったり。むろん、杉本さんの命日に合わせて記された文章。 さてその内容。 山田さんは、杉本さんの訃報に接しても、弔問にも行かなかった。自室で彼の著作を読み返すことで時を過ごした。杉本さんのエッセイのベストワンと、山田稔が思い定めている文章がある。「どくだみの花」(『西窓のあかり』所収)。 これは、杉本さんが、恩師のフランス文学者生島遼一に、借りていた本を返すときに、遅くなったお詫びに、庭に咲いていた芍薬の花を抱えていく話。 先生宅であれこれ話が交わされる。借りていたモローの画集のこと。ユイスマンスの「さかしま」のこと。生島遼一愛蔵の春信の浮世絵「調布玉川」のこと。杉本は、生島宅を辞してふらりと鴨川の西堤へまわり、北にむかう。さっき見た春信の女の顔が、「一年ほど前に亡くなった母のおもかげに」似ていたから、おのずとその母の入っていた病院の建物へ足が向かった。 ここで話は芍薬にうつり、この花は母が丹精して育てたものだったが、母が亡くなって、庭の世話にかまけていると、どくだみ花がはびこりだした。 「土蔵のかげ、芍薬の花壇のあるあたりから、ショベルに当たる小石の鋭いちいさな音が、五月の夕まぐれ、私の部屋に届いたとき、母の手はどくだみの根を丹念に掘り起こしていたのだった。あの音をふたたびうつつに聞くことはできなくなった。そして、一面に咲きはじめたどくだみの白い花が、目にいちじるしい。」と杉本の文章は閉じる。 山田稔はこの文章を次のように語る。 「最初に芍薬の花を出しておき、しまいの方でまた芍薬にもどり最後にどくだみの花を出す。題名も『どくだみの花』。だが作者はそれらの花の美しさの底に、母への思慕の情を忍びこませている。私はこれを亡き母に捧げる哀歌として読んだ。/杉本の文章にしてはめずらしく飾りがほとんどない。私がこの一編をとくに好むのは、その簡潔さのゆえでもある。」 ここまでが話の長い枕。序の部分。 山田のエッセイの骨頂はここから。 のちに、生島遼一を囲む教え子たちの会があった。そのおりに、杉本の「どくだみの花」のことが話題にのぼり、生島はこのエッセイを褒めたのだが、そのおりに「折角書いてくれるのだったら、〈先生〉でなくて名前を出してほしかったと残念がった。」(杉本のエッセイには「先生」とだけあって、どこにも生島遼一の名は出てこない。) 名前を出さないところに感心していた山田は先生の発言を意外に思った。 とどめは次の部分。生島は、杉本のエッセイの載った雑誌に文章を書くことを依頼される。雑誌に掲載された生島のエッセイを読んで、山田は唖然とする。 タイトルは「芍薬の花」。杉本のエッセイを褒め、その「どくだみの花」の内容の紹介があったあと、「文中、名前は伏せてあるけれど、『先生』と記してあるから訪問相手が私ということはよくわかる」と念を押してあった。」 さらに結びは「杉本エッセーは〈どくだみの花〉ではあるけれど、内容は芍薬の花、これも私に言わせると、どこか芍薬の白や淡紅の花がうたっているように感じられた。」とあった。 それからしばらくあって、山田のもとに杉本から手紙がくる。所用の手紙であったが、その終わりに生島の「芍薬の花」にはふれず、「手応えのない、オモロナイ世の中だねェ」で終わっていた。 というエッセイ。 一歩まちがえば、実に嫌みな皮肉にしかうつらない。「生島遼一」と、山田が平気で名を明かしてしまうのは、そこに、自分の名を出してほしかったと残念がった生島への痛烈な皮肉がこめられているのは言うまでもない。このへんのきわどい味わいに山田稔の文章の骨頂を見る。
by loggia52
| 2016-06-15 21:38
| 書物
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