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![]() 読まなくても、そこにあるだけで、そのあたりの空間を、あるいは時間をととのえる書物というものが確かにある。ぼくにとってこの著作集がそう。平野甲賀のこのブックデザインは、今も色褪せない。学生の頃から全巻を古本屋で揃えることに執着していたが、全巻が完結したのが1981年。「書簡Ⅱ」がなかなか見つからなかったが、これがそろった時はひとしおの感慨があった。今は、ちくま学芸文庫で新訳が次々と出るたびに買ったり、岩波文庫版も手にしたりしているが、どうしてもこの著作集の翻訳に愛着がある。 ぼくがベンヤミンを読むようになったきっかけは、やはり「ベルリンの幼年時代」だが、むしろ一冊の書物というよりも、あるフレーズ、印象的なシーン、断片のポエジーに魅かれたからだ。例えば、『パサージュ論』の最初のほうにでてくる次のようなフレーズ。 「子どもが(そして、成人した男がおぼろげな記憶の中で)、母親の衣服のすそにしがみついていたときに顔をうずめていたその古い衣服の襞のうちに見いだすもの-これこそが、本書が含んでいなければならないものである。」(今村仁司他訳、岩波書店) ぼくに詩を書かせるものが、ほかならぬこの古い衣服の襞のうちに見いだすものと同じものだという共感がベンヤミンへの傾倒のすべてだ。 ほかにも『一方通行路』などから、ぼくの詩の方法はおおいに影響を受けている。 ぼくの個人詩誌『ロッジア』も、「ベルリンの幼年時代」に因む。 ぼくが散文のスタイルの詩に執着してきたのも、その根には晶文社版著作集のベンヤミンの翻訳からの影響がいちばん大きいだろう。
by loggia52
| 2018-01-06 01:08
| そばに置いておきたい本
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