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![]() 実は年末の29日、東京オペラシティ・リサイタルホールで夜7時から行われた《高橋悠治作品演奏会Ⅰ》を聴きに急遽上京。かろうじてホテルは取れたものの、無謀にも翌日は30日。帰省客でごったがえす中、下りの新幹線で指定席ももちろん取れずに、自由席も何本もやり過ごして乗る覚悟で出かけた。帰途に京都で人に会う約束があり、その時刻に着けるのかも不安だった。 ![]() そんな無理を押して出かけたのだが、行ってほんとうに胸を打たれた。 何よりも、高橋悠治の初期の作品の演奏を聴くことができたこと。プログラムから挙げると、《クロマモルフⅠ》(1964年)、《オペレーションオイラー》(1968年)、《6つの要素》(1964年)、それから《歌垣(カガヒ)》(1971年)、それに1991年の作品《さ》。 もちろんぼくが初めて聴く作品ばかり。おそらく今でも録音されているものはあまりない。何しろ《さ》は別にして初演はみな海外だし、《クロマモルフⅠ》はパンフレットによると、「クセナキスの弟子としてヨーロッパに行って最初に書いた曲」とある。また、なかでも《歌垣》は、この演奏会のプロデューサーで、指揮をつとめた杉山洋一氏がその楽譜を探し求めての並々ならぬ経緯もパンフレットに記されている。ピアノと30の楽器のための作品だから楽譜は巨大なスコアになるため、楽譜のあったニューヨーク公立図書館からスキャンして送れず、デジタルカメラで撮った写真が送られてきたという。それを改めてスコアとパート譜を作り直して演奏にこぎつけたらしい。 杉山さんもお書きになっているが、《歌垣》は1971年の作品だ。まだ50年も経っていないのに、かろうじて発見されたという状況は、今のこの国の文化というものの底の浅さを物語る。曰く「文化は一朝一夕に築き得ないものであり、現在まで連綿と培われてきたものであり、これからも等しく受け継がれてゆくものならば、日本の音楽家は、自分が培われてきた文化を、これから先の世代に伝えてゆく責任がある。」音楽に限った話ではない。 《歌垣》を今度聴いて、これがどんなに新鮮で、ピアノと30の楽器の掛け合いの、ダイナミックなしかも、繊細でしなやかな表情をもそなえたものであるか。それを思えば、いっそうこの楽譜が失われかけていたのには複雑な思いがする。 二つ目に胸をうたれたのは、それらの作品を演奏する30人あまりの若い演奏家のすがただ。現代音楽という、どちらかというとマイナーな分野で、こんなに意欲的で、しかも才気にあふれた個性的な若い演奏家がいるのかという印象。本番に至るまでのリハーサルや準備での様子がフェイスブックで見られるが、演奏会の後でも、若い演奏家たちに接する高橋悠治の親密で懇切なようすが印象に残った。その中でも耳をそばだててきいたのはホルンの福川伸陽の《さ》の演奏だった。パンフレットの説明をそのまま引用すると、「ホルンの管の長さを変える左手、ベルに差し込んだ右手、楽器の向きを変え、演奏する位置を変えて響きをためす遊び」とある。最初は舞台の一番後ろに座って、壁にベルを向けて音を鳴らす。壁板にぶつかった音が、客席の方へ豊かな反響音が波のようにうねって聞こえてくる。しばらくして、今度は舞台の中央にやってきて同様にホルンを吹く。もちろん反響音は先のとは違う。その次が面白かった。今度はピアノの反響板をあげたところにベルを向けて力強く吹くと、なんと、金属の微粒子がきらきらと舞うような反響音がかすかな波となってこちらに寄せてくる。また、時に息を吹き込むリードをわざと息を漏らすように震わせたりして、音が息と親密な関係にあり、音を表情豊かな生き物に変えているのは人の息なのだと気づかせてくれたり。何よりもホルンの音の美しさといったらなかった。相当な技術ゆえに表現しうる境地であるのは言うまでもない。パンフレットには福川伸陽はN響の首席奏者とあった。 三つ目は、世界初演となる高橋悠治の新作《あえかな光》のみずみずしい音楽。フルート、クラリネット、ヴィブラフォン、トランペット、トロンボーン、コントラバス、ヴァイオリン(4)、チェロ(4)の構成。パンフレットには「弱い力。昼と夜のあいだの薄明のあかり。タイトルはイェイツの『肉体の秋』から」とある。この作品は高橋悠治自身が指揮を執った。その指揮ぶりは、ピアノを弾くときの身体の使い方と同様に、身体に宿る見えない波動を繊細に世界へと発信しているような。音楽がその波動にしたがって流れていく。
by loggia52
| 2019-01-02 00:17
| 音楽
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