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ここは小さなホールだが、演奏家との距離が近いというところがなんといっても魅力だ。とくに、《風ぐるま》のような、メンバーの楽器や彼らの個性が色濃くにじむユニットの活動の場としては絶妙の距離感をかもしだす。 とくにぼくのような、音楽にいつも身をあずけていない者にとって、演奏される曲はほとんど初めて出会う曲ばかり。やっぱりなにか、その作品についてのとっかかりがほしい。そこで一曲ごとに、メンバーがちょっとした言葉をはさんで、ぜひ聴いてみて、という空気感を漂わせて曲がはじまる。 音楽はもちろんいろいろな聴き方はあっていいのだが、時には、このときしかない、ここにしかない現場の音の新鮮な波動につつまれるような体験はなにものにも替えがたい。 今回のコンサートのメインは干刈あがたの「ふりむん経文集」をテクストにした高橋悠治の作品。ただし、この作品を書いた当時は「干刈あがた」ではなかった。彼女が小説を書く前の「浅井和枝」の名で書かれたものだという。高橋のCDの、バルトークの初期のピアノ作品集のように、作曲家が、自分の方法やスタイルを確立するまえの、言わば過渡期の作品の中から、切り捨てられていったものや、あるいは後の方法の萌芽が見え隠れするような「さまよい」の音楽を、高橋悠治は好んで耳を傾ける。干刈あがたの「ふりむん」もまさに「干刈あがた」前史の「生きるじたばた」が、時になまなましいリズムとことばでかがられている。 《風ぐるま》の音楽は、「大きな音楽」ではなく、「小さな音楽」のひだにこそ音楽の根源的な生命の水脈が流れていることを教えてくれているようだ。
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by loggia52
| 2019-04-29 00:32
| 音楽
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