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![]() 永田耕衣展に出かける。 充実した展示内容で、資料も豊富。ひとつひとつの資料に丁寧な説明文。興味深い資料もあった。耕衣が《天狼》を脱退するにいたる理由をしたためた山口誓子宛の手紙は、西東三鬼との齟齬感が綿綿と綴られてあって、三鬼の《天狼》を束ねる立場と、それに束縛感を感じる耕衣の違和感がにじみでたとてもリアルなものだった。また、こういう資料を見ていると、当時の俳句の世界において、耕衣はなかなか厳しい批判を浴びていたことがひしひしと伝わってくる。俳誌を渡りあるいたことも不評を買ったようだ。しかし、それをものともせず、自らの俳句を突き詰めていく独自のスタイルはさすがだが、やはり、少数者ではあるが、石田波郷など彼を評価し、支えようとする俳人たちに恵まれたことは確かだ。 俳壇での立場の厳しさとはまったく違って、詩人や歌人、それに書家など、俳句以外の芸術家たちに強く評価されたのも、耕衣俳句の特徴だろう。西脇順三郎、吉岡実、高橋睦郎、土方巽、井上有一など、次々に思い浮かぶ。 思うに、耕衣は、須磨を一歩もでなかったこと。東京から離れた関西の西の端に棲んで、俳人が好んだ旅らしい旅もほとんど行っていないこと。そういう立ち位置が、俳壇から距離を置くことにもなり、また、俳壇からの圧力からも自由になれたのかもしれない。その一方で、東京から離れた土地に居ることで、東京の詩人や芸術家たちの耕衣の魅力に対する好奇心をいっそうかき立てることになったとも考えられる。須磨という場所―東京からも遠く離れ、関西からも(「須磨」は摂津―つまり畿内の「隅(すみ)」から名づけられた地名だとの説もある)適度に離れていた土地だったことが耕衣には幸いしたのかもしれない。 ![]() それから、今回の展示の最大の目玉は、彼の書画が多く見られること。これはまことに圧巻。 もう一つ、個人的には耕衣が偏愛した小さな仏像や神像の数々、地蔵の石仏など、それに器などが実にいいのだ。その審美眼は、俳句に対するゆるがない信念のようなものと同様に、潔くこれはいいと選択されたものの持つ親密さを、それらの事物の周りにただよわせている。
by loggia52
| 2020-01-13 22:38
| 歌・句
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