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![]() 柄澤齊とともに古くからの畏友である望月通陽の展覧会が千葉県の《museum as it is》で開かれている。そのパンフレットのリルケの『マルテの手記』からの引用に胸を打たれた。すこし長いが、ぜひ読んでもらいたい。望月通陽訳である。彼は光文社の古典新訳文庫のカバー画をずっと描いているが、常にゲラを読み込んで描くということだから、もう300冊は優に超えるわけだから、相当な読書家である。文の人である。その彼が敢えて引用するリルケの一節はまるで、ぼく宛の私信のようでもあった。もう、そろそろほかならぬ『詩』を書いたらどうかともっちゃんに言われてしまった。 「見ることを学んでいる今、何か仕事を始めなければと思う。私も二十八歳になるというのにこれまで何もせずに来てしまった。(略)それから詩。これこそ私の未熟なペンから一体何を生めたと言うのだろう。詩を書くならまたなければ。人生に時期が来るのを。そうして心に集めた甘い逸話やにがい教訓の果実を豊かな酒に醸せたら、はじめて自分の言葉で何か十行ほども書けるかもしれない。詩は感覚で書くと言われるけれど感覚なら子供でも持っている。本当の詩は経験が書かせてくれる。だからたった一行の詩のために、たくさんの街を訪ねなければ。数えきれない人に会い、手に有るものから教わり動物たちに触れ、鳥のはばたきを感じ、朝に咲く花の可憐な仕草も知らなければ。そして異国の路地の記憶を辿ること。不意の出会いと別れの予感。まだ分別もつかなかった頃。贈り物にそっと込めてくれた愛情にも気付かず傷つけてしまった両親のこと。それは他の子供ならすぐに気がつくものだった。憂鬱と途惑いのうちに訳もわからないまま始まる子供ならではの病気や、静かで慎ましい部屋で過ごしたあの頃のこと。そして海。海に来る朝、海そのものの海。ひしめく星々の中に眠った旅の夜々。思い出はまだまだ挙げられる。たとえばあのいくつも重ねた愛の夜。それはいつも新しかった。産褥からの叫び声、命を産んでその身を閉じてゆく女のねむりのまぶしさ。詩には死にゆく者を見送ることも、喧噪の取り囲む部屋の片隅にひとり死者と語らいながら。思い出はいくらでもあるけれど、こうして並べられるうちはまだただの思い出に過ぎない。忘れてしまわなければ。そして再びこの手に帰る時を辛抱強く待つことだ。なにしろ思い出はそれだけでは詩になれない。やがて血となり、また眼差しや仕草となり、自分と分かちがたく、名付けようもないものとなる稀な瞬間に、詩はようやく最初の言葉を立ち上げる。」 ![]()
by loggia52
| 2020-10-04 18:46
| 美術
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