|
カテゴリ
全体 Loggia/ロッジア 『石目』について ぼくの本 詩集未収録作品集 詩 歌・句 書物 森・虫 水辺 field/播磨 野鳥 日録 音楽 美術 石の遺物 奈良 琵琶湖・近江 京都 その他の旅の記録 湯川書房 プラハ 切抜帖 その他 カナリス 言葉の森へ そばに置いておきたい本 未分類 以前の記事
2024年 04月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 more... フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
関川夏央の「現代短歌 そのこころみ」を本屋で立ち読みをしていたら、止まらなくなってしまった。
歌は毒と浄化を表裏とするおそるべき詩形だという思いがある。だれもがこの三十一文字のリズムをわが鼓動の中に胚胎している。かつて、多田智満子さんがお亡くなりになった後に刊行された歌集「遊星の人」を目にして胸をうたれた。平出隆氏が父君の死に接しての始終を歌った「弔父百首」もある感慨をもって読んだ。死と向き合う時に歌をもってその思いを陳べることの自然さにぼくは強くうたれたのだ。詩では身構え過ぎる。鼓動のリズムにそって呼吸するようにしてことばを紡げばおのずと型がそれを引き出してくれるところがある。 しかし、この定型を歌人として身に背負うとなると、その人生に歌の毒と浄化を引きこむことになる。この本に描かれた戦後の歌人たちの生きざまが彼らの歌と重なって見えてくる所以である。 中城ふみ子、寺山修司、彼らを世に送り出した中井英夫から始まり、多くの戦後歌人の歌とその人生が引用歌とともに語られる。その語りが実にうまい。ノンフィクションの作家らしい簡潔な語りで、要を得た証言と歌の引用によって、それぞれの歌人をあぶりだす手際のよさは舌を巻く。 なかでもぼくが特に興味を惹かれた歌人は、葛原妙子、浜田到、宮柊二、上田三四二。穂村弘と石田比呂志とを扱った一章も読み応えがあった。また、この本はあえて岡井隆と塚本邦雄の章を立てていない。しかし、二人は黒子になって、扱われた歌人たちの歌について随所で重要な証言を行っている。 立ち読みをしていたのは、ちょうどこの本の真ん中あたり、永井陽子について書かれた文章だった。その最後の部分を少し引用。 「木のしづくこころのしづくしたしたと背骨をつたふこのさびしさは 錠剤を見つむる日暮れ ひろごれる湖(うみ)よこの世にあらぬみづうみ 二〇〇二年一月二十六日、永井陽子は突然世を去った。四十八歳であった。 短歌は永井陽子の生活であり、表現であった。なくてはならぬものであった。なくてはならぬ ものであったからこそ、その生の疲れの 表現が、あるいは遺書さえもが歌に託された。 小池光は、歌人たちの全国大会ではじめて永井陽子に会った。会が果てて彼女は会場の出 口へ姿を見せた。遊びに出掛けるみんなに合流するのかと思ったら、ひとりで反対方向に去った。『ひっそり消える』という感じだった。 」 永井陽子の歌は密かにぼくは好きだった。この本には載ってないが、次のような歌。 洋服の裏側はどんな宇宙かと脱ぎ捨てられた背広に触れる 雨戸のむかうは海であつたといふやうな朝は一度もなくて古き家
by loggia52
| 2008-02-10 12:13
| 書物
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||