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![]() ぼくの晩年の本棚には、『蜂蜜採り』や『悲歌が生まれるまで』が置いてあるに違いない。 20年近く前まで、ぼくは佐々木幹郎の詩のよい読者ではなかった。『雨の段々畑』を読むまでは。 『死者の鞭』の詩人のイメージがあまりにも強烈だったからだ。ぼくは年は少し下だが、この「少し」というのが大きな断層を隔てた「少し」で、『死者の鞭』の詩人は意識して遠ざけていた。 ところが、ふとしたきっかけで、このちょっと小さめの、現代詩文庫と同じサイズの『蜂蜜採り』という詩集を手にしたとき、思わずうなってしまった。(手におさまる小ささと、この本の表紙の色帯の貼り合わせは瀟洒で気持ちがいい) 「長雨の中の雨の民たちについて / あなたは語った」 と始まる『雨の段々畑』のことばのリズムが、そのころ、ことばをこねくり回した散文の長い作品を書いていたぼくは、あっけにとられるくらい心地よいポエジーの潤いを感じた。干上がっていた畑に水が流れ込むように。このようにして詩は生まれるのだという、その魔術のような手際は、もちろん見えるはずもないのだが、『死者の鞭』から『蜂蜜採り』、そして『悲歌が生まれるまで』の作品群へと変容していった詩人の秘密をなんとか知りたいと思ったのだ。 ![]() 『悲歌が生まれるまで』の後書きに「わたしの言葉がしだいに、神話に向って傾斜していくことに気がついた」とあったことに、ぼくは、はたと膝を打った。「神話は人の悲しみを教え、また、悲しみの蹴り方をも教えてくれる。」 例えば、傑作「オポッサムと豆」は、日本語を習い始めた外国人にすらわかりやすい文型でできている。にもかかわらず、そこには絶妙のことばのバランスがある。ことばの意味とそれがもたらすイメージが、過不足なく読む人の心にすとんと落ちる。否応なく納得させられてしまうのだ。それも心地よく。 それが「神話」の属性なのだと思う。その「秘技」を彼はどこで身につけたのか。 彼はアメリカへ行ったのを皮切りに、ネパールへアイルランドへ東アジアへと旅を重ねているが、そのことと深く関わるのだろうか。 そういえば、このネパールやアイルランドへの旅に関わる彼の詩は、高橋睦郎の「柵の向こう」や「恢復期」などの詩集の作品と共鳴しあうポエジーを感じるのはぼくだけだろうか。睦郎氏のこの一連の詩集もまた、ぼくの晩年の本棚におさめることにしているのは言うまでもない。
by loggia52
| 2008-11-16 22:06
| 詩
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